ご存知かもしれないけれど、ワシは完全菜食=ヴィーガンだ。
ヴィーガンというと「あれもダメこれもダメ」という印象だと思う。
実際そうだ。
はちみつ、ミルク、玉子、鰹だし…白砂糖も牛骨炭で漂白しているのでNG。
動物性のものは一切採らない。
精進料理や素食になるとニンニクやニラ、ネギなどの五葷(ごくん/ごうん)の制約も加わる。
さぞかし不自由で禁欲的、厳しくて淋しい食生活と思われているんじゃないかな。
何を好きこのんで…と(笑)
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ワシの感想は真逆だ。
むしろ「食」というものの豊かさと拡がりに驚いている。
かってラクト・ベジタリアンだった頃よりもヴィーガンの方がはるかに気持ちが楽だ。
エッセンシャルというか手応え、確かさもある。
足元に無限の鉱脈を掘り当てたと云うかな…
「『もっともっと』、どこまでも満たされることのない欲望って、飢えているのと一緒じゃないか? 」
そんな際限のない欲の世界と一線を画そうと、恐る恐る、エイヤっとばかりに厳しい線引きをしたのに…
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そして化学調味料や添加物、精製しすぎる素材の抑制と、電子レンジ(単純に別れたカミさんに持って行かれただけだけど^_^;)などに頼らない昔ながらの調理方法。
ベジとオーガニックは同一ではないが、密接不離の関係にある。
植物や微生物たちの「vege=生き生きとした力のある」「organic=各要素が有機的に連関した生命世界」は、汲めども尽きない、彩り豊かな複雑系なんだなぁ…と今更ながら実感している。
シンプルな道具立てと、はるか昔から身近にある素朴な食材、先人達の知恵と体験。
ちょっとした工夫と遊び心を加えれば、無限のバリエーションと拡がりが得られる。
ヴィーガンや素食、マクロビなどのベジ志向の食を、肉やケミカルが当たり前になった現代食からの「引き算」として考えるのではなく、食の不可欠の基本単位と考えて、足し算や掛け算してみたらどうか?
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ここまで書いていて、バックパッキングと同じことに気付いた。
背負う荷物はミニマムでエッセンシャル。
持つことではなく使うこと。
食やバックパッキングだけではなくワシらの身体についても言えることかもしれないね